2020年8月9日日曜日

稲松真人の連絡先

ホームページが見られない場合には、 こちらのページをご覧ください。 



 もしくは、こちらに直接ご連絡ください。 
 メールアドレス:macoto.inama@gmail.com  

お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。

2018年3月28日水曜日

ブログでは、緊急告知!

随分のご無沙汰アップなのに宣伝でごめんなさい。
4月の21日の土曜日、午後1時半から、明石にて事例検討会による学びを企画しております。
定員までいま少し余裕あります。
お申込みは、メールかファクシミリで!
3月中なら早割です。
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稲松 真人(いなまつ まこと) 兵庫県対人援助研究所 主宰
〒675-0146 兵庫県加古郡播磨町古田1-3-41
Tel.&Fax.:079-437-9745
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2017年9月29日金曜日

福祉人材確保と育成のことについて


またまたサボってしまい、2か月近くアップしていませんでした。

9月も今日と明日の2日のみ、、、ごめんなさい。


9月26日

第11回社会保障審議会福祉部会福祉人材確保専門委員会

介護職キャリアパス実現に向けた報告書をまとめられています。

・入門的な研修を新たに設けて担い手のすそ野を広げる。

・介護福祉士の養成カリキュラムの見直し、資質や社会的評価の向上。

・より高い能力を持つ現場のリーダーを育てる研修プログラムを設ける。

これらの3本柱があげられています。


これまでにもいろいろと策は練られてきていますが、

今回は

「関心を抱いた人に実際に参入してもらえる仕組み云々・・・」ということらしいです。

ただ、

本気で対人援助の専門職として関心を抱く人がどれくらいいるのか?

という疑問が湧いてきます。


医療という対人援助のモデルは

「病気やけがを治療して健康を目指す」という

言わば非常にわかりやすい基本があります。

対して社会福祉の援助モデルは、、

個々の自己決定を支える「その人らしい暮らし(生活)」を支える

「自立支援の実践」という

分かりにくい、難解な型です。

なので、おそらく「自立」を狭義の「自分のことが自分でできる」に偏ってしまうように感じます。


「その人らしさを認め合う」ということは「自己決定の尊重」であり、

そのことは、個々の権利でもあります。

そういった意味で「福祉援助」は、権利擁護の実践です。


人材確保するためには、

この辺のことを専門職養成の過程に組み込むことはもちろんですが、

もっと若い世代、いや幼い世代の時に伝える必要があると思います。

それも理屈で「その人らしさ」や「その人の気持ち」の「理解(知る)」をするのではなく、

「感じる」こと共感力が必要です。


「福祉教育」「福祉学習」の取り組みを高齢者や障がい者に特化して行うのではなく、

人間理解をベースにした人権学習の視点で実施する必要があると考えます。

「人は社会的な生き者である」ということを

幼い時から学べる環境を作っていかなければ、

良き福祉実践者としての人材は育たないように思うのですが、いかがでしょうか?




2017年8月7日月曜日

「地域包括ケアシステムは耕すところから」という話を耳にして感じたこと


今日は介護支援専門員の法定研修での演習指導の予定でしたが、、、

台風5号の影響で休講、順延となりました。

夏の甲子園と一緒で昨夕のうちに連絡が入りました。」

おかげで、自宅でのんびりと、、、ごそごそ過ごしました。(笑)


最近のケアマネジャーさんの研修で、

個別ケースから地域課題の抽出といった流れがあります。

そのこと自体は大事なことで、

丁寧に取り組んでケアマネジメントの機能としても

ケースアドヴォケートからクラスアドヴォケートに移行する

思考の流れにも繋がると感じているのですが、、、


国や地方行政も

ついこの間、このような学びを取り入れて

実際の現場でもすぐにできると考えられているのではないか?

そんな風に考えていないかしらん?

って、懸念しているのです。


話をグーッと現実に向けてみると、

個別支援のアセスメントを行うときに、

クライアント個人は家族という社会に属していて、

いくつかの課題は家族との関係性の中で生じている。

そしてクライアントを構成員として含めた家族は、

近隣のコミュニティや、職場といった構成員個々が繋がっているコミュニティの影響を受けている。

また、それらの家族外とのつながりは地域の中にある場合も結構ある。

このようなクライアントシステム全体を見ようとしているケアマネジャーがどれくらいいるのだろう?


まず、ケアマネジャー一人一人がそのような視点で課題を捉えようとしなければ!

その上で、地域を耕すための繋がりを丁寧に作っていかなければなりません。

地域の中で、個々のケースを支援するチーム作り、

よく言う「顔の見える関係」


そうして、たくさんの「顔の見える関係(チーム)」ができてきて、

それぞれのチームで似通った課題を共有したときに、

地域の中でそれらを解決するための土壌が育まれてくるのです。


本当にコミュニケーションができる仲間作りなしに

形だけのチームを作っても機能しません。

コーラスにに興味の無い人集めて合唱団作っても

良い合唱はできません。

「合唱って楽しいですよ」って伝えて、

まず、興味を持つ人から仲間を作り、形を作っていかなければ。


そうやっていくことで、

「自分たちも安心して暮らせる地域になってきたね」と。

そういう実感が積み重なっていくことが、

「耕す」ということで、

一鍬一鍬いれるように、人と人をつないで、

地域という畑が柔らかい土となり、

「自分らしく安心して過ごすことができる地域とは、

お互いに支え、支えられる(支える人と支えられる人が混在している)

関係がある地域なんや」という考えが肥料のようにも行き渡ったところに種を蒔くから、

芽がでるんです。

そして茎が伸び、葉が開き、花が咲く。そしてやっと実る。

そう、やっとの事で本当の意味の地域包括ケアシステムができると思います。


「報・連・相」という考え方が、

山種証券の山崎社長が意図したことと違って形骸化してしまったように、

「地域包括ケアシステム」も今のまま進めていけば

中身の詰まったものにはならないように感じています。




2017年8月1日火曜日

ちゃんと「伝える」ことなしにチームはできません


8月になりました。(笑)


昨日アップしたブログの最後で

ケアマネジャーのグループ演習での

コミュニケーションが気になるというようなことを書きました。


ケアマネジャーの法定研修の多くの時間はグループワークです。

他府県の様子をたくさんは知りませんが、

兵庫県ではそうです。


個人ワークで自身の考えをまとめて言語化して、

次に、グループ内で発表し合って共有する。

というような進行がよくとられます。


そのときにです、

発表している人が他のグループメンバーの人とアイコンタクトしていない。

うつむいて、自分のメモを読み上げるように発表する。

そう、伝えるというより、読んでる。

他のグループメンバーも、発表している人をほとんど見ずに

うつむいてメモをとる。

これがグループにおける共有といえるのでしょうか???


コミュニケーションとは「伝える」という行為です。

「ことば」は大切ですが、非言語の方が力を持っているのは

皆さんご存じの通りです。



私はグループ演習で、

追加資料やポストイットなどの物品を

事務局の方に配らずにいてもらって、

グループの誰かに取りに行ってもらうことをします。

上げ膳据え膳の研修が嫌なこともありますが、

そういったシチュエーションで

どの様なコミュニケーションが生まれるのかを観察したいからです。


取り入った方が物品等をグループに持ち帰り、配布するとき、、、

ほとんどのメンバーが「ありがとう」を発しません。

「係なんだから取りに行って当たり前」という感じです。


いやいや、取りに行ってくれたのだから

たとえ係であっても「ありがとう」は云おうよ!!


相手の思いを、非言語も含めてちゃんと聴き、

自身の思いを、相手を見てちゃんと伝えようとして、

自身のために動いてくれたのなら、
(体だけでなく、心を動かしてくれたときも)

感謝しようよ。


そのことができないで、

チームアプローチなんてできないし、

地域包括ケアシステムなんて

ずーーーーっと先のまた先のお話だと思うのですが、

いかがでしょうか?

2017年7月31日月曜日

必要なところに、必要なときに、必要な分だけ・・・


気がつけば7月も今日だけとなってしまいました。


先日、ある方から、

「稲松さん、お体大丈夫ですか?」と聞かれました。

「大丈夫ですよ。でも、どうして」と返すと、

「ずっとブログを書いておられないので、どこか調子でも悪くされてるのかと・・・」

あまりにもブログの更新をしないので、

心配していただいてみたいで、、、申し訳ございません。


基本、元気ですよ!!


6月の半ばに寄せていただいた大分県の日田市が

集中豪雨のためにひどい被害が出たり、

日本のあちらこちらで、局所的に災害が起こっています。

かと思えば、水が不足しているところもあるようで、、、


うまくいかないものです。


雨だって人の暮らしには必要不可欠なもんです。

だからといって土地が対応しきれないほど降られても

ありがたくありません。というか、迷惑です。


人からの支援も必要な分だけでかまいません。

それ以上の支援は、ありがた迷惑でしょう。

無駄になるし、自立を阻害します。


「必要なところに、必要なときに、必要な分だけ」

ケアマネジメントの極意と同じです。


それと、コンスタントに必要量を確保するということです。

しばらく、降らなかったからまとめて降るのがいいわけではありません。

継続的に、計画的に、が肝要です。

自然は、計画通りにならない場合がありますが、

支援は、ある程度計画はできます。


ただ、人間も個人差や気分ということもありますので、

いつもいつも計画通りにはいきません。


だから、都度の確認が必要なんです。

その手段がコミュニケーション(面接)です。


この間、ケアマネジャーの実務研修や専門研修

主任研修や主任更新研修と出務しましたが、


演習の中身より、そこで行われるコミュニケーションが気になる稲松でした。

あまり更新しないとご心配をおかけしますので、

久しぶりに、つれづれなるままに書いてみました。

2017年6月29日木曜日

「自立支援」には「全人的理解」が必要


相変わらず、

対人援助の基本的なお話や、

事例の振り返りをしながら学びの時間を共有する日々を過ごしていました。


この間、感じたことは・・・

「自立支援と全人的理解とは」ということです。


「自立」ということに関しては、

「単に自分の生活を自分で賄える」という意味ではなく、

「自分の暮らしを自分で選択して生きる」という

「自己決定」をキーワードにした「自立」ということを予てからお伝えしてきました。

だからこそ、「自立」ということが「その人らしい暮らし」に結びつくわけです。


であるとすれば、

アセスメントにおいて利用者の課題を明確化する際にも、

目標となる暮らしは「その人らしい暮らし」になるわけで、

単に、健康に関して病歴や現病歴、服薬の状況、

ADLやIADL等々の身体的側面だけでなく、

「どのような暮らしを望むのか」というところに意識が向く(行く)必要を感じます。


「どこで、誰と、何をして、どの様に暮らすのか?」

そのために、健康をどの様に管理する(病とどう付き合う)のか?

何ができるようになって、どの部分をサポートしなければならないのか?

という思考になるはずですよね。


そのときに、我々の理解とは違う「希望」が表明されたりする。

非常にユニークな「こだわり(価値観)」を主張されたりする。

そういうクライアントさんが出現したときに、

「なぜ、そうなのか?」を考える必要が出てくるはずです。


そうすれば「自立」を支援するためには、

クライアントを「全人的」に理解する必要が出てくるのです。


そのためには、

「認知症の」や「アスペルガーの」や「統合失調症の」というところを

入り口にしてクライアントを見ないことです。

これらの疾患名や障がい名は重要な情報ですが、

一部です。

全人的なその人のほんの一部です。


まず人そのものを理解したいという思いが大切だと感じています。

2017年6月19日月曜日

リカバリーがきくのであれば大丈夫!


またまた、しばらくぶりの更新です。

前回更新からこちら、

ケアマネジャーの実務研修や更新研修など、

介護職員上級研修に某法人の職員研修などなど

いろいろとお仕事をいただきました。


16日には、初めて大分県の日田市という場所に呼んでいただき、

ケアマネジャー協議会主催の研修で学びの時間を共有しました。

面接についてのテーマでしたが、

皆さん熱心に受講されていました。


日田の研修だけでなく、

いずれの研修でも感じるのは、

「正解探しをされること」

数回前のブログでも申し上げましたが、

対人援助のお仕事は、正解という物はなく

答えはクライアントと共に創り出す物だと考えています。

答えを先に用意するような物ではなく、

アセスメントの結果、導き出す物なのです。


そのことと関連しているのか、

完璧を目指している方が多いようにも感じます。


面接の応対でも、

「どの様に聴けばよいのか?」

「どういう質問が上手なのか?」

より完璧を求めておられます。


悪いことではありません。

が、
完璧でないから、尻込みされて

学んだことにチャレンジしない、

尻込みされて自ら実践することを遠慮してしまう。

それでは、なかなか上達は望めません。


まず、「完璧でなくていいんですよ!」と自分にいってあげてください。

それから、「リカバリーできるかどうかが、判断基準」とも。


面接は、ある意味、ゴルフみたいなもんです。

途中、バンカーに入ったり、ラフに打ち込んだり、

餅路ぬれ恣意ことではありません、

が、終わったわけではなく、

次のプレイで挽回可能です。


面接も、聴き方がまずかったり、

質問がうまくできなかったりすることで、

面接が終わるわけではありません。

そこからのやりとりでリカバリー可能です。

気をつけたいのは、

ゴルフでも不正行為をすれば失格になるように、

面接でも、相手が失望して、見限られるような応答は避けた方がよいと思います。

そのときに考えたいことが「バイステックの原則」だったりするのです。


そう、準備は怠らない方がよいに決まってます。

今日の仕事では、通常1時間チョットで行ける場所に

事故渋滞のために2時間かかりました。

2時間半前に家を出ていたので事なきを得ました。

もし間に合わなかったら、大変なご迷惑をおかけします。

でも、そのようなときにでも心からお詫びして、

丁寧に仕事をすれば大丈夫なこともあります。

あっ、決して遅刻してよいということではありませんよ!!


自分の心の中にも、余裕を見つけておくことが必要です。

ということです。

梅雨入りした後、雨がほとんど降りません。

田植えは終わっています。

水が切れれば大事です。

播磨地方は、元々雨が少ないのでため池がたくさんあります。

そう、リカバリーが可能なんです。





2017年6月8日木曜日

告知「目からウロコの事例検討会」

裵 鎬洙(ぺ  ホス)さんというお友だちがいます。この4月からお勤めしていた法人を辞められ、アプロクリエイト代表という肩書き一本で人材育成やコミュニケーション、認知症ケアの講師をされています。お勤めされていたときから活動はされていたし「"理由を探る"認知症ケア」という書籍もメディカルパブリケーションズから出版されています。
5月30日に、私の連れ合い いなまつ ゆか(心理カウンセラー・フリーランス講師)さんと一緒に3人で食事を楽しみました。対人援助や人間関係、コミュニケーション等々、楽しく語らい有意義な時間でした。
その翌日 ゆかさん が、「裵さんと一緒に事例検討とかしたら面白くない?!」と提案。
予てから ゆかさんは、介護やケアマネジメントの現場でターミナルケアや困難事例と言われるケースに、心理職が関わっていない(関われていない)ことに違和感を感じていたので、なおさら今回のアイデアが浮かんだのだと思います。

で、9月2日の土曜日 午後。やっちゃいます。
詳しくは心理スペース「ぽれぽれ」のホームページで❗️

2017年6月2日金曜日

なぜ、そうするのか?根拠を言語化すること。


5月28日に、所属している合唱団の定期演奏会を

盛会のうちに終えることができました。

ご来場くださった皆様、応援していただいた皆様ありがとうございまし


終わったとたん、ホッとしたのかお疲れ気味だったので、

火曜日、久しぶりに小野市の温泉「ゆぴか」に行ってきました。

珍しくすいていて、のんびりと入浴を楽しめました。

ぬるめの源泉(狭い浴槽なので3~4人でいっぱい)にも、の

のんびり疲れました。


源泉で、70代とおぼしきおじさま方と会話も楽しみまして、

「この辺りも昔は蛍がいたけど最近はもっと山奥に行かな・・・」とか

「広い方の浴槽で、泳いでいる子どもを見て、あらぁ楽しいわな。

 小さい時分は、よう風呂で遊んだ」みたいな。


そこで、ふと考えた。

温泉でも、公衆浴場でも

「浴槽にタオルをつけないでください」

「泳がないでください」

「走らないでください」

等々の注意書きがしてあります。

親はそれを見て「泳いだらあかん」「走るな」って注意(叱る)します。


私が小さいとき、父親は、銭湯などで

「今日は、すいているから泳いでも大丈夫」

「今日は混んでるからおとなしく浸かるように」

といっていたように思います。

そう、ケースバイケースです。


そうすると、父親がいなくても、

子どもなりに自分で考えます。

「今日はすいているから遊んでも大丈夫」とか

「今日は混んでるからおとなしいに入らんとあかん」とか、、、


こういう経験の積み重ねが自分で考えることにつながり、

行動の根拠がわかるようになるのだと思います。

「やったらダメ」と書いてあるからしないのではなく、

なぜ「やったらダメなのか」をわからなければならないのです。


昨日、老人施設の新任職員研修の演習でも

なぜ、このケア(介護)が必要なのか?

なぜ、こういうやり方をするのか?

そこに気付かなければ

一人前のワーカーには育ちにくいんですよね!!

2017年5月26日金曜日

自分の言葉で語ることの意味


またまたご無沙汰してしまいました。

10日以上、更新しなかったのは久しぶりですね。

ごめんなさい。


この間も、色々と研修でのお仕事をいただいて、

兵庫県の地域包括在宅介護支援センターの新人さんの研修や

いろんな地域で「気づきの事例検討会」、

滋賀県の高齢者施設のリーダー研修 等々


稲松の研修を経験された方は「当てられる」と表現されますが、

確かに個別にたくさん質問します。

その際、多くの人は一所懸命に考えて応えようとされるのですが、

同じくらい大勢の方が、考えずに正解を求めます。

小学生の宿題ドリルの答えのように模範解答ではなく、

自身の言葉で応えて欲しいのですが。。。



研修テーマの切り口は色々ですが、

お喋りしている内容は、

ほぼ「対人援助における基本的な視点・考え方」です。


「認知症ケア」でも「地域包括ケア」でも「事例の振り返り」でも

ベースのところで基本的なこと。

基礎となる考え方や知識・技術が必要になります。


もちろん基本的となる理念や理論・知識や技術だけでは実践は困難です。

が、その部分がなくては、それこそ実践は薄っぺらなものになります。


例えば、バイステックのいう「個別化」とはどういうことでしょうか?

テキストに書いてあるかいせつではなくて、

自信の言葉で説明できるでしょうか?

「QOLの向上」と言いますが、

では、「生活の質」と言うことを自分の言葉で語れるでしょうか?


自分の言葉で語れないことを実践できるのでしょうか?

おそらく無理でしょう!


ぜひ、自分自身の言葉で語れるように努力しましょう。

そして意識して実践しましょう。

でなければ、いくら学んでも実践には結びつきませんし、

力にもならないと思います。

2017年5月14日日曜日

家族の物語というプロセス


前回のアップから1週間以上空いてしまいました。

この間、GW・・・大型連休は終わってしまい、通常の日がやってきました。

うそ! フリーランスの私にとってGWはあまり関係ありません。

連休期間に研修をしようという方が少ないので、

そういった意味では影響はありますが。


連休後、11~12日と1泊で東京に行ってました。

若い友人の舞台「リア王」シェイクスピア原作を観るためもあるのですが、

何年かぶりに息子と娘と会って、

私たち夫婦も含めて、家族それぞれの今後の暮らしについて

話し合いするためもありました。


気がつけば、子どもたちも30手前、

役者を中心に表現者(パフォーマー)の道を歩んでいる彼ら、

親として応援はしますが、それぞれの暮らしもありますから、

今後どのように関わりを持つのかを確認する意味合いです。


家族の構成員それぞれにとって、

お互いがどのような存在であり、

関係性をどのように進めていくのか、

話し合いは必要だと思います。


自分自身の人生の物語にとって、

家族という共演者は

最も影響のある存在です。

そして、少し距離をとって俯瞰してみると

そこに家族としての物語があるのです。


対人援助の仕事をするときには、

他人の人生の物語を観ていくことになります。

その際、家族の物語も観ることは重要なしてんだと思います。














2017年5月5日金曜日

家族と楽しく暮らすには?!


「ゴールデンウィーク」

NHK的には、「大型連休」というらしい。

仕事の都合で休みではない方々への配慮らしい。。。


我が家には2日の夕方から

連合いの両親が和歌山から、

叔母さんと義理の妹、甥っ子が大阪から、

遊びに来てくれて、今日の午後大阪まで送ってきました。


日頃、夫婦二人で過ごしているので、

総勢7人暮らしとなると

賑やかで楽しいものです。

加えて、せっかく揃ったから

淡路島の「夢舞台」にでかけたり、

近くの薬師院というお寺の牡丹園に行ったり、

夜はBBQしたりと

楽しみごとも企画するわけで。。。

楽しくなるのも了解できます。


ただ、3日ほどの間だから楽しいのか?

ずーっと居ても楽しいのか?

難しいところですよね。


人数が多いと言うことは、

それだけここの思いもあり、

譲らねばならないことも出てくるわけですから。

何か決めるときにも、

話し合いが必要になります。

ちょっとの間だと思うと我を張らなかったり、

あ千絵の意見とする合わせようとしたり、

合意形成の努力をしているように感じます。


これってにっすが限られているからなんでしょうね!

ちょっと待ってくださいよ。

人生だって時間に限りがあるのですから、

家族と過ごす時間も限られているわけで、

やはり日常からコミュニケーションをとって

合意形成する努力は必要なんですよね、

楽しく暮らすためには!!


2017年5月1日月曜日

休みたいけれど休めない、、、意識して休息しましょう


5月1日、新しい年度に入って1ヶ月が過ぎました。

新人と言われる人も新しい環境で、

ようやく普通に息ができる感じでしょうか?

異動になった方も、新しい部署での仕事の流れをつかんだ頃でしょうか?


新しい環境にのぞむときに、

「さあ、新たな気持ちで取り組むぞ!」

と思われた方も、

「未知の世界で不安やなぁ」

と感じた方も

色々だと思います。


が、ポジティヴであれ、ネガティヴであれ

それぞれに疲れが見える時期ですよね。

そして、この「疲れ」は、

身体だけではなく心の面でも疲れが感じられるものです。


連休で一休みできる人は、

身体も休めるし、心も休めるチャンスです。

そして、仕事に復帰するときに

「大丈夫、休養したから!
 
 小さくていいから、また一歩」

って呟きましょう。


疲れてはいるけれど連休ががない方は、

深呼吸してから、

「歩幅は小さくても、一歩は一歩!」

と呟きましょう。


「ゆっくりでも、止まっていても、前を向けていればOK」

あせらない、あわてない、あきらめない、、、、

気合いを入れ直すのではなく、

歩幅を整え直そうと考えて見てはいかがでしょうか?

色々な休息の取り方、自分なりの力の抜き方を考えることがいるかもしれません。

2017年4月27日木曜日

「介護嫌がる親を変える魔法の言葉」???


本日は決まった予定はなく自宅でのんびりと過ごしています。

で、朝からテレビを見たり何ですが、

NHK「あさイチ」の特集で、

「親の介護向上作戦」というのをやっていました。


「親の介護が向上する」

素晴らしいことだと思います。


が、何を持って「向上」とするのかはよく考えなければなりません。

介護を行うのは家族だったりするのですが、

介護を受けるのは主体者である本人だからです。

介護を受ける立場、する立場の両方の視点が必要であることが大切です。


その上で、作戦を立てることは大切です。

私にとって「作戦」=「ケアプラン」です。

ですから、

ケアプランを作って行くプロセスには

主役である「利用者」本人や家族も関わるのが原則だと思うのです。


今日の番組に大きな問題は感じなかったのですが、

タイトルに「介護嫌がる親を変えた魔法の言葉」と謳っているところは

要注意と感じてしまいました。

「魔法の言葉」なんていうと、

「介護を嫌がる親には、こういう言葉を使えば必ず上手くいく」

みたいに感じる人が、家族のみならず専門職でも勘違いする人が出てくるからです。


確かに、「個人にとってモチベーションを上げるキーワードが存在する」

ということは、私も経験してきたことですし、否定しません。

ただし、それには個別性があって、

「その人にとって」というところが肝です。

要するに、しっかりアセスメントして、

その人らしさに近づく目標設定がされて初めて「言葉」が生きてくるのです。


番組の中では、渡橋のケアマネジャーMさんが上手に開設されていましたが、

タイトルや新聞のラテ欄だけを見ると誤解されてしまう可能性もあります。


専一も書いたように「唯一の正解」は存在しません。

対人援助の答えは、

一つ一つ考えて、話し合って、作り上げていく事が必要です。

そのしんどい作業を通らなければならないので、

ただでもしんどい目をしている本人や家族の支援者として

毛尼苑ジャーが必要なんです。


2017年4月23日日曜日

地域包括ケアシステムは事例から積み上げる


今日は午前中に面接が一つありました。


ケアマネジャの研修内容が一新されて2年目。

更新研修の中で、個々の事例を振り返る演習が繰り返されます。

そして事例の課題の中から地域課題を探る演習が組まれています。

とても真っ当な地域課題抽出の方法・仕方です。

そこから、個々の事例の課題を解決するための

チームケアの連携が重なってはじめて、

地域課題を解決するためにどのような連携のシステムが必要かが見えてくるのです。


地域包括システムが必要だからと言って、

先に既存の専門職団体で話し合って仕組みを作り上げてはいけないのです。

なぜなら、そうやってシステムを作ると

そのシステムに個々のケースを当てはめようとしちゃいますから。


それってサービスオリエンテッドの発想でしょ!!

ソーシャルワークの基本はニーズオリエンテッドなんです。


今後、ますます地域におけるケアシステム等が創られていくのでしょうが、

地域のニーズに即したもの、

もとを正せば、個々のニーズにつながったものになるよう

常に意識して欲しいものだと感じています。

2017年4月20日木曜日

面接での質問には根拠が求められる


今日は午前午後と、

兵庫県主任介護支援専門員更新研修Aコースの演習指導でした。

昨日からスタートして、演習は本日が初日です。


主任更新研修では全員がケアマネジャーを指導というか、

相談を受けた事例をまとめてくる宿題が出されていて、

基本はその事例を用いて支援者支援を振り返ります。

その演習を通じて日頃の実践からの個々の学びを行うと共に、

個別事案からケアマネジメント全般に見られる課題であるとか

最終的には、地域における課題にまで視野を広げる狙いがあります。


本日は、カテゴリーにマッチした提出事例が少ないことと

演習の流れを理解していただくためにという理由もあり、

模擬事例を用いて演習をしました。


事例をひもとくためには、

再アセスメントによって人物像を広げたり、深めたりします。

そのためには質問を考えるプロセスの演習を組むのですが、

実際に質問を考えても模擬事例ですから答えは返ってきません。


なのに何故この演習に取組みグループで考え方を共有するのか?


それは質問の根拠を確認するためです。

つまり、どのような理由で、何が知りたくて、この質問するのか。

といったことをしっかりと押さえておきたいからです。


支援者支援における面接も、

ただ漫然と相談の話しを聴き、質問するわけではありません。

個々の事例を理解するためには、

どのような情報がわかっていて、

どのような情報がまだ確かではないのか、

今の情報から考えれば、この事例はこのようになっているのではないか?

等々、常に頭はフル回転で働き、そこから質問が生まれるはずです。


模擬事例であっても、

質問の根拠はトレーニングできるのです。

残りの演習も、心して取り組んでください。

そして、気づきと学びを持ち帰ってください。



2017年4月17日月曜日

自らのジャッジを求めない姿勢


昨晩、テレビを見ていて

北野武さん(漫才師ツービート・映画監督)が

ピカソの絵画を見ながらお話しをされていた。


その中で、晩年のピカソが

「やっと子どもの絵が描けるようになった」

と発言したことに触れて、

「自分で気にいったとか、気に入らないとか関係なくなったんじゃないかなぁ」

みたいなことをいわれていたと思う。

言い換えると

「自分で自身の絵をジャッジしなくてよくなった」

ということだろうか。


「自分の感じているモノを、

 思いのまま描いて、

 そこに善し悪しはなく、 

 そのままである」

ということなんだろうか。


私などは、

自分で何か行うたびに

出来栄えを自己評価(多くは上手くいかなかったいいわけ)して、

他の人には「このように理解してください」注釈をつける。


ピカソは自信の作品について

「見る人の目で捉えて、理解してもらえばよい」

みたいなことを言うのだ。

なんて格好いいんだろう!


人はジャッジされることを恐れ、嫌い、拒む

が、ジャッジがないとそれはそれで不安になるもの。

そういう部分に囚われない域にまで到達した人なんだろう、ピカソは。

明恵上人がいう

「阿留辺幾夜宇和」というのも

こういうところを目指しているようにも感じる番組だった。

2017年4月15日土曜日


今朝、テレビ「にじいろジーン」を見ていて、

変身のコーナーで、

「ある女性が父親の板金工場を継いで社長に。

工場の職人の方々とコミュケーションをとることに努力する。

と、息子や娘とのコミュニケーションが希薄になる」

という話しがあった。

これは物語のほんの一部分で、

その後、子どもたちも協力して成功するお話しだが、、、


テレビ見ながら、

福祉の仕事している人や

ボランティア活動している人で

熱心に活動することに目がいって

家族の方にエネルギーが回らない人を時折見ます。


もしかしたら、サラリーマン福祉職員時代の自分もそうだったのかも。。。


これって、しんどいですよね。

自分の持っているエネルギーは

分散しておいた方が楽ですよ。


心という器の中にエネルギーが入っていて、

エネルギーを一つの方向にだけ向けるとバランスが崩れるから。

集中して物事に取り組むときは仕方がありませんが、

一区切りつけて違う方向にもエネルギーを使って

バランスをとるように心がけた方がよいですよ!!


これは、初期のストレスマネジメントになります。

かなり散ってしまいましたが

桜を見てぼうっとするのだって大切なんです。

2017年4月12日水曜日

新しい道に踏み出す時には、自分を褒めてあげてね!


昨日は大学が新年度が始まった記事でした。

新年度、SNSやメールなどで、

近況報告をくださる方もいまして、

異動のお知らせを 抱負も合わせてくださいます。


新しい部署に変られて前向きに捉えて歩みを進める方の中に

「稲松さんが背中を押してくださったので・・・」

とおっしゃるのですが、

こちらとしたら、「顔晴って欲しい」とエールを送る意味で、

「どのような場所でも、自分らしくあれるようにしたいね」

などと言葉をかけているだけで、

結局のところ決定しているののはご本人なのです。


そう、自己決定されているのですが、

承認が欲しいんだと思っています。

私は、決定された事に関して、いくらでも承認しますよ!!

話も聴きますし、応援もします。

でも、決めたのご自身です。


ご自身で考えて、決めて、実践しようとされているのです。

ご自身でも、そうすることができた自分自身を褒めてあげてくださいね。

こう言ってあげてください。

「おいっ自分、よう決めたなぁ。偉いっ! ようやった!! 乾杯!!!」

ってね。