2016年4月14日木曜日

相手に合わせる視点でストレスは少し減る?


今日は、

とてもいいお天気で気温も上昇したみたいで

神戸の最高気温は24℃まで行ったみたいです。

今日は、外的な予定はなかったのでお家仕事でした。

リビングでパソコン開けて仕事してたら、

ポカポカと暖かいのを通り越して暑いくらい。

おまけに日差しが強くて、画面が見づらい。


だんだん腹が立ってくる「暑い!!」


この間まで、間の戻りで寒かった日には、

ホットカーペットつけて「早う暖かくならへんかなぁ・・・」って呟いて

タイマーで知らんうちにカーペットきれてたら

「寒いやんか!!」とカーペットに当たる。


なんと小さい人間なんやろうと

落ち込む。(笑)


ストレス反応とは、刺激に対するもので反応(順応)によって起こります。

気温が低いのも暑いのも「環境」の変化で、

これも刺激「ストレッサー」になります。

暖かくするとか、服を薄着にするとかして

気温に合わせて対応すればよいのですが、

急に変化が起こると対応を怠るので相手に対して文句言うんですわ。

相手が季節・気温・カーペット、、、

喧嘩になりませんので、愚痴や文句ですみますけど。。。


動物やったら、、、逆に襲われる、、、

人間やったら、、、喧嘩になる、、、


生き物と付き合うにも、

自分目線だけでなく相手目線が必要です。


自分にとって季節の変化による気温は「環境」です。

自分にとって他人は「環境」とも言えます。

他人という「環境」は変えようとしても変わらんので、

他人にとっての「環境」である自分を変える視点を持つと

ストレスが軽減されんかなぁ。と

考えてみたりしたんですわ。

2016年4月13日水曜日

バカばっか云わにゃぁ 長生きできん!

baka

NHK月曜日夜の「鶴瓶の家族に乾杯」という番組が好きで、

録画してでも見ています。


今週の11日の放送を見ていて、

瀬戸内海、広島の島に俳優の柄本明さんといった買いを見ていて、

終盤に、郵便局で出会ったおじいちゃん(けんごさん)が言った一言。


「バカばっか云わにゃぁ 長生きできん!」


名言やなぁ、って思いました。


河合隼雄先生は著書の中で、

「真面目も休み休み言え」

というようなことをおっしゃってました。


真面目なことばっかり言うとったら長生きできないのですよ。

なんでか、笑顔が減るからです。

笑顔は健康にいいことは証明されているわけですから、

笑顔になるためにもバカは云った方がいいのです。


バカばっかりでいいのか?

我々若輩者は、玉には真面目にもならんといけませんが、

けんごさんくらいの年齢になられた方は、

いわば達人ですから許されるのではないでしょうか?

2016年4月12日火曜日

誕生日


本日は、

私の誕生日。

SNS(FB)で、たくさんの方々からお祝いメッセージをいただきました。

ありがたいことです。


おめでたいのか、どうかはわかりませんが、

「感謝する日」という感じはします。


生み、育ててくれた両親に、

育ちに関わってくれた兄に、そして親戚に、

幼きときから現在に至るまで付き合ってくれている友に、

仕事でのかかわりの中、教え、導いてくれた先生に、先輩方、

私を鍛えてくれる後輩の皆さんに

気づけば今までの人生の半分以上を支えてくれている連れ合いに、

そして自分たちのやりたいことに取り組んでいる息子と娘に、

それらのものをすべて包み込む宇宙に、神に、御仏に、


生まれて、そしてこれまで生きてくることができたことに

感謝の念を持つ日なんだろうと。


でも、感謝は日々することであり、

一年に一日だけするものではないはず。

「日々、感謝なのだ」ということを思い出させてくれる日。

といった方が正解かもしれません。


自分が一日一日生きていることを当たり前と思わず、

有り難きことと思い、感謝することを意識する日なんでしょうね。

と、不思議の国のアリスのお茶会を思い出しました。

「何でもない日に、乾杯」

2016年4月11日月曜日

「マンネリ」も大切!?


「マンネリ」と聞くと

あいも変わらずに同じことばっかし繰り返してて、

飽きてくるし、面白味もなくなってくる。

そもそも、イイお仕事をするためには、

いかにマンネリから脱却するかであって、

「マンネリ」も大切って、どういうこと?

って、声が聞こえてきます。


確かに、

いつもやってきたことを何も考えずに

ただただ漫然と繰り返していくのはよくないかもしれません。

進化がないからです。

じゃぁ、何故このようなタイトルで書いたかというと、、、



マンネリの語源はどうなっているかというと

マンネリズム(mannerism)であって、

礼儀・作法や芸術の型・形式と云われるマナー(manner)と同じなんです。

マンネリズムとは、その形式や型を破らない、

「かたくなに守る」という意味合いを含んでいるそうです。


何をするにしても基本や型は大切です。

よく言われるように、型破りな芸はしっかりとした型が身についてりゃあこそです。

その基本ができていないのに破ろうとすれば形無しということになります。


対人援助面接でも「傾聴」であるとか「受容」「共感的理解」であるとか、

また、「否定しない」などは基本中の基本と云えます。

同じことを繰り返すというのではなく、

基本的なスタイルを意識して・考えながら徹底するという姿勢は必要ではないでしょうか?


そういったことを意識もせずに、

「面接するの鬱陶しいなぁ、難儀やなぁ、、、」って感じながら仕事してたら、

それこそ世間で使われているマンネリ化した仕事になってしまうんでしょうね!!

2016年4月10日日曜日

”実践は理論を超える”~浅野仁先生を偲んで~


すごい言葉だと思い、

かっこいいなぁ。って感じ、

在りし日の先生を思い出します。


今日は、昨秋天に召された故浅野仁先生を偲ぶ会が

関西学院大学であり、参列しました。


私と先生の接点は、

神戸市ケアマネジャー連絡会の設立の折

記念講演をしていただき。

そのご縁で、先生が担当されていた高齢福祉の授業で

ゲストスピーカーとして3回か4回ほどお話しする機会をいただきました。


その当時は、まだ高齢者施設の副施設長で

連絡会の代表であり、現役のケアマネジャーでした。

先生は私に、

「現場での実践のお話し、『実際はこういう風な感じで

こんな問題を抱えている』みたいな話を学生にして欲しい。

学者の話より通じると思う。」

というようなことをおっしゃいました。


今日の様々な教え子の皆さんの送る言葉の中にも

「実践を大切にする人」ということばが聞かれました。

常に、より良い実践の先にはクライアントがあることを肝に銘じ、

支援者育成・支援においても、その先にクライアントと向き合う実践があることを

忘れないで歩みを進めたいと思いました。

最期になりましたが、先生のご冥福を心よりお祈りいたします。
浅野先生の記念樹 ヤマモモ

2016年4月9日土曜日

ピッカピカの1年生は自立のチャンス


新入学のシーズン

FB等でも、

子どもさんやお孫さんの入学式の記事が次々アップされます。

どの写真も笑顔の写真です。


新しい環境に歩みを進めていくのですから

期待一杯です。

ということは、不安も抱えているわけです。

ワクワクを後押ししながら、

ドキドキをしっかり受け止めてあげたいものです。


新しい体験をする人に対して、

期待や不安に共感しながら、

しっかりと期待を伝え、

どのように進んで行くか考えるチャンスをあげましょう。

新しい門出は、

自立に向かうチャンスです。


自己決定を積み重ねていくチャンスです。

それを繰り返すと

ピッカピカの1年生は

ピッカピカの6年生に向かっていくし、

その先も輝けるように感じています。

2016年4月8日金曜日

「聴く」のつづき


聴覚だけでなく、それ以外の感覚も総動員される、、、

非言語の部分で相手にどのくらい聴く態度が伝わるかということです。


非言語を意識しづらいレベルですので

援助職者としては、より意識してコントロールする必要があります。


言語の部分は頭で考える部分なので

いわば知識の部分で対応可能な場合もありますが

非言語の部分は、感性の部分が相当影響してくるので

そこの部分を研ぎ澄まさんとダメなのではないかと感じています。


私たちは「聴く」という行為を「理解」するという点につなげすぎているのではないかと感じるのです。

もっと、もっと、「感じる」という部分にもシフトした方が良いと思います。


その意識がないと「共感」とか「意図的な感情表出」とかは困難だと思います。

意識して聴かなければならないし、意識しすぎると感性の部分が弱まってくる。

「聴く」という行為は至難の業だと感じているのです。


よう解らんくなってきました。(笑)